松本俊夫
『修羅』(1971 日)

真っ赤な太陽がゆっくりゆっくりと沈むと、そこから先はずっとモノクロの闇の中。この当時の映画でよく見られたいわゆるパートカラーというていいのか、最初の太陽が沈むところだけカラー。後は全編を通して、思いきりコントラストの効いたモノクロ。見終わってから、なるほど、最初のカラーの太陽はそういうことだったのかと納得。

ところで、殺しのシーンでカラーに変わって真っ赤な血が飛び散るというパートカラー版があるらしいんだけれど、ボクが見たのでは太陽をのぞいてモノクロだった。リアルタイムに劇場で観たのはどうだったんだろ。たぶん全編モノクロだったと思う。

原作が鶴屋南北の『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』、これを69年に石沢秀二が青年座の公演(若山富三郎/西田敏行/木の実ナナ)にしたものをもとに、さらに松本俊夫が脚本化。どこがどうちがうのか、知りません^_^; そこらあたり、歌舞伎、新劇、そしてこの映画の相違が、けっこうこの映画に対する評価が別れているようなんだけど、わからんワ^_^; とにかく唐十郎フリークだったボクとしては唐十郎が出ているというだけでうれしかった。

あらためて見てみると、唐十郎、若いねぇ。まさに「昭和元禄美少年」と謳われただけある。で、やっぱりついつい唐十郎に目が行ってしまうのだった。ラストの樽から現れてくるところなんか、まさに唐十郎の独壇場。つうかね、いまだに唐組の芝居では唐十郎はかみまくってるのに、わっ、こんなうまかったかねって思うのだ。全体的に新劇っぽい芝居の映画であることは確かなんだけどね。小萬の三条泰子も民芸の新人だったし、そういう役者をそろえていることからも、映画ではあるけれど、芝居、芝居させようという意図が働いてたんじゃなかろうか。

それから何といってもすげえのは朝倉摂の美術。ここにもある種、芝居、芝居させようという意図があったのは確かで、障子の使い方であるとか、円窓から身請け話の宴席をのぞき見たところは別の舞台がつくり出されているという仕掛けがたまらなくいい。それとモノクロ=闇を意識したデフォルメされたリアルな装置。さすが朝倉摂。それに鈴木達夫のカメラでしょ。

ちょっと気になったのは、仮定法過去完了(?)なシーンの繰り返し。つまりこうだったらこうなってた、こうだったらこうだという繰り返し。あるいはカメラの角度が変えた繰り返し。それらがいま見るとちょっとくどかったりもするんだけど。あとね、向かい合った人間が横に並んでいてカメラが回転じゃなくて平行に移動することで人物が切り替わるというのもいいなぁ。

主たる登場人物のほとんどすべてが凄惨な殺され方をしていく。これ、カラーだったらちょっと大変。気持ち悪いだけだけど、飛び散る血しぶき、吹き出す血潮が、モノクロでどっと真っ黒なのがよりリアル。

修羅

監督・脚本 松本俊夫
原作 鶴屋南北 / 石沢秀
撮影 鈴木達夫
美術 朝倉摂
編集 岩佐寿枝
出演 中村賀津雄 / 三条泰子 / 唐十郎 / 今福正雄 / 田村保 / 観世栄夫 / 松本克平 / 天野新士 / 山谷初男 / 南祐輔 / 江波多寛児 / 川口敬子
★★★★☆
2004年07月07日(水)