オーソン・ウェルズ
『審判』(1963 独,仏,伊)

カフカ原作だから、それはごりごりの不条理。もういまを去ること30年も前にカフカにはまっていて、なかでも『審判』は怖くて、怖くて。いつ特高が突然やってくるかと、をい、特高ってどの時代でんねん(^_^ゞ いや、朝起きたらいきなりゴキブリになってたらどうしようかと、おかげでいまやウジ虫(maggot)なわけですが。。。

冗談はおいといて、このオーソン・ウェルズの『審判』の不条理さったら原作といい勝負。さすがさすがのオーソン・ウェルズ。

カフカ世界でおなじみのKがアンソニー・パーキンス。これがすんごくいい。むちゃむちゃいい。パッと見の線の細さ、神経質っぽいところが、この『審判』にどんぴしゃはまる。見ててはらはらするんだよね。ジャンヌ・モローやロミー・シュナイダーでなくとも、このどことなく頼りげなさそなアンソニー・パーキンスを見ると、ぎゅっとHUGしてあげたくなりそう。

それから出てくる男たちがどいつもこいつもすごい。目です。ドアののぞき窓から目だけがのぞくシーンがあったけど、そんふうに目だけ切り取る必要などなくて、ただそこここにある目が怖すぎるって。目でいえば、ラスト近くの少女の集団が板のすき間から覗き込む、あのフリーキーな目ときたら、あれはドラッグかなんかでぶっ飛んだ目ばっかりだった。クレジットにもあがってこないおっさんたち、少女たち(というには結構年くってそうなのもおりましたが)にあんな目をさせる。おそるべし。もちろんそのおっさんたち、少女たちの存在そのもの自体が不条理きわまりない。もうその最高峰は首からナンバープレートをぶら下げた爺い集団。。。怖いのなんのって。

そんなふうにさっきからちらちら書いてるんだけれど、群衆じゃないな、集団化した人間、つまり群集だね、その群集の怖さ。壁にそって並んだ被告のおっさんたちの前をKが歩いて行くときに波状におっさんたちが動き始める。波状っていうのわかるかなぁ。Kの動きに合わせてそれらの群集が位相をずらして同じ動作をとる。いわゆるウェーブのような群集の動きが起こるわけ。これは見事だよ。かと思えば、群集が同じ位相で同じ行動をとる。絶句してしまうのは、Kが勤めているという会社。このセットはほんとにほんとにすごい。

オーソン・ウェルズやしっかり名前をクレジットされている個々のおっさんたちの不条理変態ぶりと来たら、もう実際に見てよとしか言い様がないなぁ。その俳優たちに、その名もなきおっさんたちあるいは少女たちの群集がきっちりタイマン張ってんだから。この群集を見よ! 個々の俳優たちを見ろ! 群集を見よ! 個々の俳優たちを見ろ!・・・

さらにさらに、ゴシック建築から、当時のモダン建築、また鉄梯子で繋がれる工場内など、そきらあたりドイツ表現主義のにおいがぷんぷん臭う。をー、そっかそっか、これぞ、カフカのいうラビリンスそのものなんだと。決してファンタジックなラビリンスでなく、どこか突き放されたような冷たささえ伝わってくる。そして、ラビリンスのどん詰まりが、抜けるに抜けれない穴の底。これぞ不条理の極致。

最初から最後の最後まで、ほんと目を離す余裕なんてあったもんじゃない。ああ、あのネタ元はこれなんだなぁと思えるシーンもぽんぽんあって、ちょっとすごすぎないか。

Le Proces

監督 オーソン・ウェルズ
脚本 オーソン・ウェルズ / アントワーヌ・チュダル
原作 フランツ・カフカ
撮影 エドモン・リシャール
美術 ジャン・マンダルー
音楽 ジャン・ルドリュ
出演 アンソニー・パーキンス / オーソン・ウェルズ / ジャンヌ・モロー / ロミー・シュナイダー / エルザ・マルティネリ / マドレーヌ・ロバンソン / シュザンヌ・フロン
★★★★★
2002年04月14日(日)