澁澤龍彦
『高丘親王航海記』(1987 文藝春秋)

澁澤龍彦の遺作。この『高丘親王航海記』を執筆と同時に、喉に異常を知り、気管支切開手術も受けている。これの構想はすでにあったはずで、まさに遺書として著したと言ってもいいんじゃないかって気がする。それだけに、読んでいると、何とも言いようのないものにとりつかれてしまう。生の壮大な決着点(それが天竺という形で具現されるのだが)にいざなわれていくのを止めようがないのだ。

とりわけ親王の目を惹きつけたのは、それらの上空に飛んでいる豊満な鳥のからだをした女であった。天人の羽衣とはあきらかにちがって、鳥の翼、鳥の羽毛を生まれながらに身につけている。ひとたびそれに目をうばわれると、もうそのほかのものはほとんど見えなくなってしまった。
「これ、なに。」
 指さして、声をひそめて、親王は聞いた。
「迦陵頻伽よ。」
「カリョービンガ。」
「そう天竺の極楽にいる鳥よ。まだ卵の中にいるうちから好い声で鳴くんですって。顔は女で、からだは鳥。」
「薬子に似ているね。」
「あら、そうかしら。」
親王のいう通り、その天平美人の系統をひいた、ふくよかな、おっとりした、ものに動ぜぬ顔のつくりは、薬子のそれと共通した特徴といえばいえないこともなかった。

2004年12月18日(土)